「未払い残業代などを請求されて賃金規定の解釈をめぐり訴訟になった。」
トラック運送業に身を置く方であれば、このような話を一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
この記事では、トラック運送会社が労使の紛争に発展しない賃金規定を作るために、どのような点に注意すべきかわかりやすく解説しております。より理解を深めていただくために、まずは賃金規定とはそもそも何かのご説明からご覧ください。
賃金規定とはそもそも何か?
賃金規定とは、会社が従業員に支払う賃金に関しての定めで、具体的には基本給の額、どんな手当があるのか、残業代など割増賃金の計算方法、給与の締め日と支払い日などが盛り込まれます。
賃金規定は就業規則に必ず盛り込まなければならない事項になりますが、賃金に関しては詳細な取り決めがなされることが一般的であり、就業規則中ではなく、別規程として賃金規定が作成されます。
運送会社の賃金規定作成の難しさ
運送会社において賃金規定を定めるとき特有の難しさはどのような点にあるのでしょうか。ここでは、
- 運転手の特殊な勤務形態
- 運転手の長時間勤務
- 会社によって実情が異なる
上記3つの観点から見ていきます。
運転手の特殊な勤務形態
運送業では、顧客の集配パターンの多様化に対応し、確実、迅速に配送することが求められており、運転手においては朝早くから夜遅くまで変則的に勤務することが必要とされます。
また、集配先での荷待ち時間や荷降ろし時間がバラバラであることも、一般企業にはない特殊な勤務形態と言えます。トラック運送では集配先での荷積み荷下ろしに何時間も待たされることは珍しくありません。
荷積み荷下ろしの時間は長いがパレット積みで運転者の労力は少ない。かたや待ち時間は少ないが運転者の肉体的疲労は大きい。このような場合に、一律の給与では運転者からの不満が出てしまいます。
これがトラック運送会社の賃金規定作成の難しさにつながると考えられるでしょう。
運転手の長時間勤務
トラック運送業は長時間労働になりがちで、特に長距離輸送ではこれが顕著になってしまいます。
労働時間の長さに対応するために、「大方、これくらいで良いだろう」と社長の裁量でみなし残業代や固定残業代を決めるトラック運送会社が多いのが現実です。
そのため、実際の残業時間よりみなし残業時間等の方が少なく、労働基準法に沿った残業代を支払っていないという会社が少なくありません。
みなし残業代・固定残業代を決めるときは社長の裁量ではなく、半年~1年間の労働時間の統計を取り、会社も運転者も納得できる金額を定めることが重要です。
長時間労働に対して適切なみなし残業代・固定残業代を設定することもトラック運送会社の賃金規定作成が難しい要因の一つに挙げられます。
会社によって支払われる運賃の実情が異なる
会社によって賃金をめぐる実情が異なることも、賃金規定の作成が難しくなる要因となっています。
例えば、荷主によって
- 高速道路を使用しないように制限される。
- 荷待ち時間の料金をまったく考慮してもらえない。
- 荷役作業に対しての料金を支払ってもらえない。
など。
荷主から運賃や料金が支払われない部分に対して、安易に会社負担で給与に上乗せすると経営が圧迫されてしまいます。しかし、運転者の実働が給与に反映されないと運転者から不満が出てしまいます。
こうした内部留保と従業員満足の均衡をはかって給与を決めなければいけないことも、トラック運送会社の賃金規定作成の難しいところと言えるでしょう。
労働基準法で定める賃金規定について
労働基準法第89条においては、常時10人以上の労働者を使用する事業場における就業規則の作成・届出を義務付けています。同条では就業規則に記載する内容についても定められています。
ちなみに、就業規則に記載する事項は「絶対的記載事項」と「相対的事項」に分かれており、その違いは以下の通りです。
絶対的記載事項
絶対的記載事項とは、就業規則に必ず記載しなければいけない事項のことです。その内容は次のような項目です。
- 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
- 賃金(臨時の賃金等を除く)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
相対的記載事項
相対的記載事項は、就業規則に必ずしも記載する必要はなく、特定の条件に当てはまる時だけ記載すべき項目のことを言います。
その内容は、次のような項目です。
- 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
- 臨時の賃金等(退職手当を除く)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項
- 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項
- 安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項
- 職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項
- 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項
- 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
- 前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項
ご覧いただけばわかる通り、賃金規定は絶対に記載すべき内容に含まれます。ただしボーナスや最低賃金については、必要な場合のみ記載する事項となっています。
運送会社が賃金規定を作るときのポイント
運送会社において賃金規定を定める際、どのような点がポイントになるのでしょうか。ここでは、
①自社の労働状況の把握
②給与種別の明確化(基本給、歩合給、残業、諸手当など)
③事故時の対応に関する取り決め(ドライバーへの賠償控除など)
④最低賃金などコンプライアンスの確認
⑤自社の適正利益の保持
についてみていきます。
ポイント①|自社の労働状況の把握
賃金規定作成時は、何よりも自社の労働状況の把握が必要です。労働状況は会社により大きな違いがあり、一律に規定できるものではありません。
先にも述べたように、一定期間の運転者の労働時間の統計を取り、拘束時間、休憩時間、荷待ち時間などについて把握するようにしましょう。
ポイント②|給与種別の明確化(基本給、歩合給、残業、諸手当など)
賃金は大きく、基本給、手当、割増賃金に分かれます。この種類ごとに賃金の計算方法を明確化し、どの種類の賃金がどのようなときに支払われるのか、あるいは支払われないのかを決めます。
特にトラック運送会社でよくある「無事故手当」については注意してください。どの程度の事故をしたときに無事故手当が何か月分支払われないのか、無事故手当が支払われないときに最低賃金をしたまわらないかなどを考慮して、手当の額を決めなければいけません。
ポイント③|事故時の対応に関する取り決め(ドライバーへの賠償控除など)
賃金規定では、貨物配送中、またはそれに付随する作業中に運転者が起こした事故時の対応に関して取り決めておくことも大切です。事故の弁済金を一方的に運転手の給料から差し引くことは違法であり、業務中の事故の賠償は使用者がするのが原則となっています。
労働基準法第24条では、賃金は全額支払わなければならないとされており、同第91条では減給は1回の額が平均賃金の1日分の半額を超えたり、総額が月例賃金の10分の1を越えてはならないと定められています。
また同第16条では、労働者が事故を起こした際に取りたてる違約金、損害賠償金をあらかじめ決めておくことを禁止しています。
ポイント④|最低賃金などコンプライアンスの確認
賃金規定作成時は最低賃金や、最新の法改正に対応しているかなど、コンプライアンスの確認をすることも必要です。最低賃金は、日給であれば日給を1日の所定労働時間で割った額が最低賃金(時間額)を超えているかどうか、月給であれば月給を1か月の平均所定労働時間で割った額が最低賃金(時間額)を超えているかどうかをチェックします。
出来高払い、いわゆる歩合給であれば、賃金の総額を総労働時間で割った額を最低賃金(時間額)と比較して確認します。
例えば
- 基本給が日給4,600円
- 月の各種手当が26,000円
- 一日の所定労働時間8時間
- 年間所定労働日数250日
の場合、基本給は時間になおすと575円(4,600÷575)、手当は時間になおすと150円(26,000×12÷(260×8))、合計725円となります。
この時間給の合計が都道府県どとに定められた最低賃金を下回っていないことが必用です。
ポイント⑤|自社の適正利益の保持
賃金のほか、労働時間や休日、休憩、休暇についても、労働基準法などの法律を遵守しつつ、会社の実態にあった規程の作成が必要です。
社長の裁量で調整給などを支払っているトラック運送会社も見受けられますが、根拠のない給与・手当の支払いは会社にとてっても運転者にとってもよくありません。
運転者が不満を持たない賃金を支払いながらも、会社にお金が残っていかなくては事業を続けることができなくなってしまいます。人手不足だからと言って、やみくもに給料を上げてもいけないし、誰も見向きもしないような低い賃金設定をしても事業継続ができません。
まとめ
賃金規定とは何か、トラック運送会社が賃金規定を作るときのポイントなどについて解説してきました。 働き方改革が叫ばれるなかで、会社は賃金規定の合理性の証明をますます求められる状況にあります。
スマホの普及で誰しも簡単に情報が得られる時代となったいま、曖昧な賃金規定のままでは勝ち残れない時代が既に到来していることを認識しましょう。